大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台地方裁判所 昭和57年(ワ)1243号 判決

原告

酒井三郎

ほか二名

被告

井河幸雄

ほか一名

主文

一  被告らは、各自原告酒井三郎、同酒井あい子に対し、それぞれ金三六六万五七九五円及びうち金三三六万五七九五円に対する昭和五四年八月二六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、原告澤田正雄に対し、金六八万四〇〇〇円及びうち金六二万四〇〇〇円に対する右同日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、各支払え。

二  原告らのその余の各請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告酒井三郎、同酒井あい子と被告らとの間では、原告酒井三郎、同酒井あい子において生じた費用をそれぞれ二分し、その各一を被告らの負担とし、その余を各自の負担とし、原告澤田正雄と被告らとの間では、全部被告らの負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

但し、被告らにおいて、各自原告酒井三郎、同酒井あい子に対し各金一〇〇万円の担保を、原告澤田正雄に対し金三〇万円の担保を立てたときは、当該原告からの右執行を免れることができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自原告三郎、同あい子のそれぞれに対し、金七六〇万二二三八円及びうち金七〇〇万二二三八円に対する昭和五四年八月二六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、原告澤田に対し、金七二万四〇〇〇円及びうち金六二万四〇〇〇円に対する昭和五四年八月二六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、各支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの各請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

3  予備的に仮執行免脱の宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生(以下この交通事故を「本件事故」という。)

(一) 日時 昭和五四年八月二五日午後一〇時四〇分ころ

(二) 場所 福島県郡山市富田町字伊賀田六二

東北自動車道上り車線上

(三) 当事者

(1) 接触車両自家用普通貨物自動車(練馬一一す七五三以下「甲車」という。)

右運転者 被告井河幸雄(以下「被告井河」という。)

(2) 被接触車両自家用普通乗用自動車(練馬五六り七七九〇以下「乙車」という。)

右運転者 酒井和江(以下「亡和江」という。)

(四) 事故の態様

亡和江は乙車を運転し、助手席に中西睦夫を乗せ、東京方面に向け、前記自動車道郡山インター附近を通行中、先行大型自動車を追越そうとして、ハンドルを左に切りすぎ、左側ガードレールに接触し、二回転して走行車線をふさぐ状態で停止していたところ、同車線を走行してきた被告井河の運転する甲車が乙車に接触して、乙車が大破し、和江が脳挫傷等の傷害を受けて死亡した。

2  責任

(一) 被告井河

前記事故の態様からみると、本件事故は、被告井河の過失により生じたものであることが明らかである。よつて、被告井河は民法七〇九条により後記損害を賠償する責任がある。

(二) 被告大下

(1) 被告大下は甲車の所有者である。よつて、被告大下は自賠法三条に基づき、甲車の運行によつて生じた後記人的損害を賠償する責任がある。

(2) 被告大下は、土木、建築下請業を営み、被告井河を雇傭するものであるところ、本件事故は、被告井河が被告大下の業務である建築下請の現場へ甲車で向う途中に発生したものである。

よつて、被告大下は民法七一五条により後記物的損害を賠償する責任がある。

3  損害

(原告三郎、同あい子分)

(一) 亡和江の逸失利益 金二八七四万三〇四六円

(1) 亡和江は弘前学院大学を卒業し、本件事故当時二三歳(昭和三一年七月一二日生)であり、その後四四年間は稼働可能であり、この間、大学卒業の女子一般の収入があるはずであつたから、昭和五五年度賃金センサス第一巻第一表、産業計、企業規模計、女子新制大学卒「二〇歳から二四歳」の給与額に昭和五七年八月一六日(本件訴提起時)現在までのベースアツプ分として一〇パーセントを加算したものを基礎として年収を計算すると、次のとおり金一九二万九〇七〇円となる。

{(127,000×12)+229,700}×1.1=1,929,070

そこで六七歳まで稼働可能であるから、生活費として年収の三五パーセントを控除し、年五パーセントの割合による中間利息をホフマン方式により控除して、亡和江の逸失利益を計算すると次のとおり金二八七四万三〇四六円となる。

1,929,070×(1-0.35)×22.923=28,743,046

(2) 原告三郎、同あい子は、亡和江の両親として右損害賠償請求権を法定相続分に応じて相続したもので、その額は各々金一四三七万一五二三円である。

(二) 葬儀費 各金四〇万円

原告三郎、同あい子は亡和江の葬儀を執行した。その費用は各四〇万円が相当である。

(三) 慰藉料 各金六五〇万円

亡和江は、原告三郎、同あい子の一人娘であり、中学校、高等学校の教員免許を取得していたものである

原告三郎、同あい子は、和江の死亡により甚大な精神的苦痛を受け、これに対する慰藉料としては各金六五〇万円が相当である。

(四) 過失相殺

(1) 亡和江は、走行車線をふさぐ状態で乙車を停止したものであるから、本件事故発生につき過失があり、損害の算定につき二割を斟酌する。

(2) 原告三郎、同あい子の右相殺後の損害

前記3(一)、(二)、(三)の各自の損害金合計は金二一二七万一五二三円となり、これを右割合により相殺すると金一七〇一万七二一八円となる。

(五) 損害の填補

原告三郎、同あい子は、各自自賠責保険から金一〇〇一万四九八〇円の支払をうけた。

これを前記損害金に充当すると、残額は各金七〇〇万二二三八円となる。

(六) 弁護士費用 各金六〇万円

原告三郎、同あい子は、原告ら訴訟代理人に本件訴訟を委任した。

本件の内容、請求額等からすると、右費用は各金六〇万円が相当である。

(原告澤田分)

(七) 乙車大破による損害金七八万円

原告澤田は、乙車の所有者であるところ、乙車が本件事故により大破しスクラツプとなつた。

乙車と同一の車種、型、同程度の使用状態、走行距離の自動車を中古市場によつて取得するには金七八万円を要する。

よつて、原告澤田は本件事故により金七八万円相当の損害を被つた。

(八) 過失相殺

(1) 本件事故発生につき乙車の運転者亡和江に過失があつたことは前記(四)の(1)のとおりであるので、損害算定につき二割を斟酌する。

(2) 右(七)損害金七八万円を右割合により相殺すると金六二万四〇〇〇円となる。

(九) 弁護士費用 金一〇万円

原告澤田は、本件訴訟を原告代理人に委任した。

その費用は一〇万円が相当である。

4  結論

よつて、いずれも被告らに対し、原告三郎、同あい子は各損害金七六〇万二二三八円及びこれに対する弁護士費用を除いた各金七〇〇万二二三八円に対する本件不法行為の後である昭和五四年八月二六日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、原告澤田は金七二万四〇〇〇円及びこれに対する弁護士費用を除いた金六二万四〇〇〇円に対する右同日から支払ずみまで同じく年五分の割合による遅延損害金の、各支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1項は認める。

2  同2項について

(一)の事実は否認する。

被告井河には後記のとおり過失がない。

(二)の(1)、(2)の各事実は認めるが、被告大下に原告ら主張の賠償責任が存するとの主張は争う。

3(一)  同3の(一)ないし(三)の各事実は不知。

(二)  同3の(四)の事実中亡和江に過失のあつたことは認めるが、その割合は争う。

(三)  同3の(五)の事実は認める。

(四)  同3の(六)の事実中、費用額は不知、その余は認める。

(五)  同3の(七)の事実中乙車の所有者が原告澤田であることは認めるが、その余は不知。

(六)  同3の(八)の事実中亡和江に過失のあつたことは認めるが、その割合は争う。

(七)  同3の(九)の事実中費用額は不知、その余は認める。

(八)(1)  原告は亡和江の逸失利益を算定するのに、賃金センサスの平均賃金をもつて基礎収入としているが、失当である。

亡和江は、本件事故当時、株式会社東北サンチェーンに勤務し現実に給与所得を得ていたのであるから、その所得額に依るべきである。

仮に百歩譲つて賃金センサスに依る場合にも、原告らのように死亡翌年度賃金センサスの女子新制大学卒(二〇~二四歳)の平均賃金にさらにその後のベースアツプ分を考慮した金額をもつて基礎収入とすることは失当である。

死亡事故により生じた損害の算定は当然死亡時を基準とすべきであること、また本件事故当時既に上司の中西と婚約していた亡和江の場合、本件事故で死亡しなければ遠からず勤務先を退職し主婦業に専従する蓋然性が極めて大であつたことに鑑みると、死亡年度の昭和五四年度賃金センサス第一巻第一表の産業計・企業規模計・学歴計・全年齢女子の平均賃金(月間きまつて支給する現金給与額金一一万四九〇〇円、年間賞与その他特別給与額金三三万三五〇〇円、年収金一七一万二三〇〇円)に基づくのが妥当である。

なお、原告らは中間利息をホフマン式により控除しているが、複利運用の経済社会にあつてホフマン式により中間利息を控除することの不合理性は屡々指摘されてきたところであるし、近時の判決ではライプニツツ式が大勢を占めている。

本件の場合も同式により中間利息を控除すべきである。

(2) 葬儀費

金八〇万円の請求は過大である。

亡和江の年齢、社会的地位、本件事故当時の基準に鑑みると金五〇万円が相当である。

(3) 慰藉料

原告三郎、同あい子各金六五〇万円の総額金一三〇〇万円の請求は過大である。

本件事故当時、独身の男女及び主婦の場合の死亡慰藉料は概ね金八〇〇万円ないし金一〇〇〇万円が基準とされていた。さらに亡和江の年齢、家族構成等を斟酌すると、金九〇〇万円を上廻ることはないと思料される。

三  抗弁

本件事故は、次のとおり、亡和江の一方的過失により発生したもので、被告井河は無過失である。

1  現場の状況

(一) 本件事故現場は、福島県を南北に縦断する東北自動車道上り車線の郡山市富田町字伊賀田六二番地先(埼玉県川口起点二一五・五キロポスト付近)で郡山インターチエンジから須賀川インターチエンジ方面に約七〇〇メートル南寄りの地点である。事故当時の状況は別紙図面記載のとおりである。

(二) 現場付近の東北自動車道は、平坦なアスフアルト舗装道路であり、植木、ガードロープによる中央分離帯で上、下車線に分けられている。各車線の幅員は一一・〇メートルで、路端にはガードレールが設けられ、外側から路肩(幅員三・〇メートル)、走行車線(幅員三・五メートル)、追越車線(前同)の順に白ペイントで標示区分されている。

(三) また、東北自動車道の二本松インターチエンジから白河インターチエンジ間には、最長二・六八五キロメートル、最短一・三〇七キロメートル毎に高さ〇・五メートルの防護ネツト(一ネツトの長さ三・〇メートル)による非常開口部が設けられているが、本件事故現場付近にも全長五四・〇メートル(上り車線で言えば、二一五・五キロポストの約三一・四メートル手前から同ポストを通過して約二二・六メートルの地点まで)の非常開口部が設けられている。

(四) なお、上り車線は高速道路特有の極めて緩やかな左カーブとなつているが視界を妨げるものはなく、見通しは良好である。本件事故当時付近に水銀灯等の照明設備がない。

2  亡和江の事故(「第一事故」という。)

(一) 亡和江は勤務先の東北サンチエーンの上司であり婚約者であつた中西と一緒に、原告澤田所有の乙車(普通乗用車、ホンダアコード)を東京まで届けるべく、事故当日会社の仕事が終わつた午後八時三〇分頃乙車を運転して仙台を出発した。

(二) 乙車は午後九時二〇分頃仙台南インターチエンジから東北自動車道に入り、その後、時速一〇〇ないし一一〇キロメートルの速度で一路南進したが、郡山インターチエンジ手前で右インターからの進入車を避けるため追越車線に車線を変更した。

そして右インターチエンジの中間あたりまで達した時、前方の走行車線に先行車(中川重市運転の大型貨物自動車、以下「中川車」という。)の尾灯が見えたので、同車を追抜こうとしたが、本件(甲車との)衝突地点から三三〇・一メートル手前の地点(二一五・八キロポスト附近)にさしかかつたとき、急に中央分離帯側に蛇行を開始した。なお、この時中川車は二九・〇メートル前方の走行車線を進行していた。

そして亡和江は助手席の中西の「アクセルを離せ。ハンドルをしつかり握れ。」との大声の指示に従つてハンドルにしがみついたものの蛇行は直らずその後も追越車線内で右、左に蛇行を続けながら、そのままの速度で一〇〇メートル進行した地点(二一五・七キロポスト付近)で中川車と併進状態となつた。

しかしこの時点でも正常に戻らず、さらに同じような状態で一三一・八メートル進行した地点で急にハンドルを左に切つたため、左に弧を描くようにして走行車線内に疾走し、そのまま五五・五メートル進行した地点で路肩ガードレールに左前部から激突した。

そして回転しながら四二・八メートル進行した地点(以下「〈-〉点」という。)で車首を中央分離帯側に向け、走行車線をふさぐような状態で停止した。

3  甲車の本件事故発生までの進行経過と衝突に至つた状況

(一) 被告井河は、被告大下らと一緒に長野県の水上工務店に大工の出稼ぎに行くため八月二五日午後三時頃甲車(普通貨物自動車、トヨタハイエース、九人乗りマイクロバス)の助手席に右大下、後部席にその余の五名を同乗させて、青森県三戸郡階上町の大下の自宅を出発し、国道四五号線を経て久慈市に入り、国道二八一号線を南下して盛岡市を経て、盛岡インターチエンジの手前で助手席の被告大下と運転を交替した。そして被告らは午後六時五八分頃右インターチエンジから東北自動車道に入り、その後被告大下が約一時間三〇分運転を継続し、被告井河が途中のパーキングエリアで再び被告大下から運転を引継いだ。

(二) その後被告井河は、甲車を運転し、途中ガソリンスタンドで給油をした後走行車線を時速九〇キロメートルの速度で南進した。そして郡山インターチエンジを通過した頃、夜間で交通量も少くなかつたことから前照灯を近目にしていたが、衝突地点から七四・六メートル手前の別紙図面表示〈1〉地点(二一五・五キロポストより約四四・五メートル手前の地点、以下、同図面表示の地点は符号のみで示す。)にさしかかつたところ、折から右斜め前方九一・九メートルの対向車線(追越車線)内を対進してくる大型貨物自動車の遠目の前照灯の光が中央分離帯の非常関口部から強く目に入り、眩しかつたため寸時目を左にそらした。

そして右大型貨物自動車とすれ違つて〈1〉の地点から六二・四メートル進んだ〈2〉地点に達して再び前方を見たところ、前方一二・二メートルの走行車線内の〈-〉地点に、車線を完全にふさぐような状態で、車首を中央分離帯側に向けて停止している乙車を発見した。

しかし、余りにも突然かつ間近であつたため、ハンドルとかブレーキ操作をとる余裕もなく、〈×〉地点で乙車の右側面に激突したものである。

(三) そして右衝突により甲車はバランスを失ないながら五二・一メートル前方の〈4〉地点に仰向けになつて停止し、乙車は二三・九メートル右斜め前方に突き進み車体左側が中央分離帯にくつつくような状態で、車首を郡山インターチエンジ側に向けて停止した。

4  被告井河の無過失

(一) 以上のとおり、本件事故は第一事故で走行車線に停止中の乙車に後方から進行してきた甲車が衝突したものであるが、被告井河が本件事故の発生を回避することは事実上不可能であつた。即ち、

被告井河は、本件事故直前、時速九〇キロメートル(秒速二五メートル)の速度で進行していた。

一般の道路では時速九〇キロメートルの場合の停止距離は七〇・五五メートルであるが、急ブレーキをかけること自体が極めて危険な高速走行の場合安全に停止するには時速の数値とほぼ等しい距離が必要とされているので、本件時の甲車には約九〇メートルの停止距離が必要であつた。

これに対し、本件時に前照灯を近目にしていた甲車の前方の照射視認距離は約五〇メートルであつた。

そうすると、被告井河は本件走行中乙車を発見できる位置に達して遅滞なく乙車を発見したとしても、高速道路での急ハンドルはこのうえなく危険であるから、ハンドル操作に頼つて乙車との衝突を回避することは不可能であつたと考えられる。

(二) また、被告井河は本件時に乙車を一二・二メートルの直前でしか発見できなかつた。これには、対向車線の大型貨物自動車の前照灯の強烈な光が中央分離帯の非常開口部からもれて被告の目に入り、寸時前方を注視できなかつたという事情があり、右発見の位置をもつて直ちに前方不注視の過失があると非難し、過失相殺を考慮するのは失当である。

(三) また、本件時に甲車は前照灯を近目にして時速九〇キロメートルの速度で進行していたが、高速道路において前照灯を遠目にして走行すべき法律上の義務はない。

高速道路上の事故自体が極めて稀であり、乙車のごとく夜間の真暗やみの中で走行車線を完全にふさぎながら、後続車に対して何らの安全対策を講ぜず漫然と停止している車両が存在することを予想することは事実上困難であつたし、しかも本件の場合対向車の前照灯の光の影響もあつて直前になつてからしか乙車を発見できなかつたもので、衝突は不可避であつたのである。

被告井河には何らの過失もなかつた。

(四) 他方、亡和江は本件時運転歴も浅く高速道路の走行の経験も十分でなかつたのにも拘らず、日頃運転したこともなく操作に不慣れなノークラツチ、パワーハンドル式の他人の車両を安易に運転し、漫然と時速一一〇キロ近い高速度で前車の追抜きをはかつた。

その結果運転操作を誤つて蛇行を開始し、しかもその後実に二八七・三メートルもの間何ら適切なハンドル操作、減速措置も講じないまま暴走を続けて路肩ガードレールに激突し、第一事故を惹起せしめた。

しかも第一事故後、後続車の衝突の危険を回避するため、直ちに乙車を安全な場所に移動させるか、後続車に対し何らかの方法により事故の発生を知らせるべき義務があつたのにも拘らず、漫然と車内で時を過しつつこれを怠つた。もし亡和江および訴外中西が右義務を尽していれば、本件事故は発生すべくもなかつたのである。

以上述べたとおり、本件事故の発生はひとえに亡和江の一方的過失に起因しており、被告井河には何ら責められるべき過失はなかつた。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1、2項(現場の状況、亡和江の事故)

原告らは明らかに争わない。

2  同3項(本件事故発生までの経過と衝突に至つた状況)

(一) (一)の事実は不知。

(二) (二)の事実中、甲車の時速が九〇キロメートルであつたこと、甲車の前照灯を近目にしていたこと、甲車が〈1〉〈2〉各地点を通過し、〈×〉点で乙車に衝突したことは認めるが、その余は不知。

乙車の前方一二・二メートルに達するまで、乙車に気づかなかつたということは、前方不注意も甚しい。

(三) (三)の事実は明らかに争わない。

3  抗弁4項は争う。

被告井河の過失は次の如く明白である。

(一) 甲車の前照灯の近目の照射視認距離は約五〇メートルであつた。

甲車は高速道路上を本件事故のかなり前から近目走行を続けてきた。郡山インターを通過した頃から近目走行してきたことは被告らの自認するところである。

近目走行のため五〇メートルしか前方の見通しがきかないのであれば当然五〇メートル以内で停止できるスピードで走行しなければならない。これはドライバーの夜間走行の基本である。いわゆる「自分のライトより先に出るな」という安全運転上の大原則である。ライトの照射距離は、車の速度とは無関係に一定であるから、夜間は速い速度で運転することが非常に危険なのである。

この原則は高速道路上では、一般道路以上に強く要請されるのである。

(二) 甲車は原則に従い〈1〉地点まで近目走行中は五〇メートルで安全に停止できるスピード、つまり時速約七五キロメートル以下で走行すべきであつた。高速道路上では最低時速五〇キロメートルが法定されているので正確には時速五〇キロメートル以上、七五キロメートル以下となる。

被告井河の運転経験(一年前に普通免許をとつた。高速道路でマイクロバスを初めて運転する。)、当時既に二時間程運転を継続し、疲労していることからいえば時速六五キロメートル以下で走行しなければ五〇メートル以内で安全に停止することはできなかつた。それにもかかわらず被告井河はライトを近目にして時速九〇キロメートルで走行していたのである。この無謀な見込み運転が本件事故の最大の原因である。

(三) 被告井河は〈1〉点にさしかかつたところ対向車線の車のライトに気をとられ眩しかつたため寸時目を左にそらし、すれ違つて〈2〉点に達して再び前方を見た旨主張している。いずれにせよ〈1〉から〈2〉点の間は前方を注視していなかつたことは被告井河の自認するところである。走行車線をふさぐようにしていた乙車の直前一二・二メートルに達するまで乙車に気づかなかつたということは、前方不注意も甚だしいものである。

(四) 被告井河は分離帯の非常開口部からライトが目に入り眩しかつたため目をそらした旨主張している。

しかし、対向車のライトが目に入り眩しい状態になることは夜間走行の場合一般道路上では絶えず生ずることである。一般道路の場合、対向車とは一メートル位の至近距離ですれ違うことも多い。対向車のライトが眩しいと感じるのは直視するからである。直視しないで前方を注視したまま視点を若干左に寄せて運転すればいいのである。これが夜間走行の基本である。

しかも、本件事故現場手前の〈1〉点は一般道路と異なり、右側に追越車線があり、対向車とはかなりの間隔があり、非常開口部のため芝生になつていないとしてもガードレールがついており、対向車のライトはかなり遮断され弱められていたはずである。被告井河もストレートにきた光ではない旨認めている。それにもかかわらず、被告井河が眩しいと感じたとすれば、対向車のライトを運転未熟のためあえて直視したのか過労のため眩惑されたものであろう。被告井河自身二時間も高速道路を運転してきており、それまでに同じような非常開口部において対向車と何度もすれ違つてきていることが十分考えられるからである。非常開口部は一・三キロないし二・六八五キロおきに設置されているものである。

高速道路においては二車線あり中央分離帯もあるので対向車のライトに眩惑され事故になるというケースは殆んどない。

この夜間走行の基本を怠つて、被告井河は前方から大きく目をそらしたため、乙車の発見を遅れてしまつたのである。〈1〉地点から〈2〉地点まで六二・四メートルの間、時速九〇キロとして二秒半前方を見ないで走行していたのである。

乙車の停止状況は後輪から後の部分が路肩部分にはみ出るような形で停まつていた。被告井河は走行車線を走行してきためだから、対向車のライトを直視しないで走行車線の前方を見て走つてさえいれば原告車に五〇メートルに至つた地点で発見できたのである。

また、対向車のライトで眩惑され前方を注視できないとすれば、当然直ちにアクセルから足を離し、若干ブレーキを踏むとかしてスピードを落とすべきであつた。そうすれば、本件事故は十分回避できたのである。

(五) 被告井河は〈1〉地点まで時速五〇キロメートルで近目で走行してきた。九〇キロで走行したければ遠目で走行すれば良いのである。甲車の遠目の照射視距離は一〇〇メートル以上である。被告井河が対向車の前照灯を眩しく感じたのは衝突地点から七四・六メートル手前の地点であつた。一〇〇メートル手前では未だ対向車の前照灯を発見していなかつたのだから、被告井河が遠目走行し、通常の注意を払つて前方を見ていたら本件事故は十分避けられたのである。

(六) 高速道路であろうが一般道路であろうが停止している車に衝突しておいて停まつている方が悪いなどということは許されない。本件事故は被告井河が前方を見て運転していれば容易に避けられたのである。現に第一事故後本件事故が発生するまでの間、他車が一、二台乙車のわきの追越車線側を通過していつているのである。また本件ライトの照射距離で停止できるスピードで走行するべき大原則を怠つたがための事故である。それを誘因したのは被告井河の過労運転に外ならない。

第三証拠

本件記録中の書証目録、証人等目録記載のとおりである。

理由

一  本件事故発生とその態様

請求原因1項の事実は当事者間に争いがない。

二  青任

1  被告井河

前示の本件事故態様によれば、後記無過失の抗弁が認められない限り、被告井河は前方不注視の過失があつたものと推定され、民法七〇九条により本件事故により生じた損害を賠償すべき義務がある。

2  被告大下

請求原因2の(二)の(1)(2)の各事実は当事者間に争いがない。

よつて、被告大下は、後記抗弁の認められない限り、自賠法三条(人的損害のみ)ないし民法七一五条により本件事故により生じた損害を賠償すべき義務がある。

三  抗弁

1  抗弁1、2項の各事実は民訴法一四〇条により原告らにおいて自白したものとみなされる。

2  各成立に争いのない甲第一二号証、第一四、第一五号証、第二〇、第二一号証、第二三、第二四号証、第二八、第二九号証、第三一ないし第三四号証、第四五、第四六号証、第五二ないし第五四号証の各一、第五五号証、第五六号証、第五九号証の一ないし三によれば、抗弁3項の事実(甲車の本件事故発生までの進行経過と衝突に至つた状況)が認められる(但し、甲車が前照灯を近目にして時速九〇キロメートルの速度で進行してきたこと、そして、〈1〉〈2〉の各地点を通り〈×〉地点で乙車に衝突したことは当事者間に争いがなく、抗弁3項の(三)の事実は民訴法一四〇条により原告らにおいて自白したものとみなされる。)

3  被告らは、被告井河が〈1〉地点で〈ア〉点の対向車の遠目の前照灯の光に眩惑され一時目をそらし、対向車とすれ違い、〈2〉地点で再び前方を視ると〈-〉地点に停止中の乙車を発見したが、避けることができる乙車に衝突した。これが不可抗力である旨主張する。

しかしながら、前掲甲第二一号証によれば、青森地方裁判所八戸支部において本件事故当時の状況を事故現場で再現し検証した結果、〈1〉地点で〈ア〉地点の対向車の遠目の前照灯の光が一瞬気をとられるように目に入り眩しいと感ずるものの、そのため自車の進行方向が見えなくなることはなかつたこと、前掲甲第二三、第二四号証によれば、被告井河自身も、前記八戸支部における被告人尋問で、〈1〉地点での対向車の前照灯の光は目がくらむ程ではなかつた、眩しいと感じて目をそらせた、そうしなければ乙車を発見できたと供述していること、前掲甲第一八号証によれば、一般的に高速度道路において対向車の前照灯の光に眩惑されることは少ないこと、以上の各事実が認められ、これらの事実によれば、被告井河は〈1〉地点で乙車を発見しこれを避けることが十分に可能であつたものと推認しうる。

更に前掲甲第二三、第五九号証によれば、〈1〉地点に至る直前には、甲車の先に進行している自動車がなかつたことが認められる。

そうすると、被告井河は甲車の前照灯を遠目にして前方を確認すべきであり、これをすれば一〇〇メートル前方を確認できるのであるから、〈1〉地点に至るまでに乙車を発見し、衝突を避けることが十分に可能であつた。

加えるに、前掲甲第二〇号証、第五二号証の一、第五五号証、第五九号証の一ないし三によれば、被告井河は、高速道路でマイクロバスを運転するのは初めてであり、本件事故時まで既に二時間も運転を継続していた上、本件事故発生の五分前頃に、被告大下、その妻照子から、運転を交替しようかと続けて二度も声をかけられているのに黙つており、聞いているのかと注意され「おゝ」と答えていることが認められ、右の事実からみると、被告井河は本件事故発生直前には相当に疲労し、覚醒度の落ちた状態で運転していたものと推認される。

甲第二四号証には、被告井河が郡山インターチエンジを過ぎてから五、六回前照灯の光の距離を切り換えた旨の記載があるが右認定の事実に照らして措信できない。

以上の各事実からみると、被告ら主張の前記事実から、被告井河に過失がなつたと推認できない。

右と異なる甲第一二、第一七号証中の見解は採用できない。

他に被告井河が無過失であつたことの主張立証はない。

よつて被告らの抗弁は採用できない。

四  過失相殺

亡和江の前示第一事故の態様、各成立に争いのない甲第一九号証、第五〇号証の二、第五七号証によつて認められる、第一事故後亡和江は自ら又は同乗者の中西をして、後続車に対して危険を知らせる措置を採らず、自からも直ちに車道外に退避していないことの各事実からみると、本件事故発生につき亡和江にも過失があり、これと前示被告井河の過失を対比すると、その割合は、亡和江が二、被告井河が八と認めるのが相当である。

五  損害

(原告三郎、同あい子)

1  和江の逸失利益

(一)  各成立に争いのない甲第一号証、第六四号証の一、二、原告あい子、原告澤田の各本人尋問の結果によれば、亡和江は昭和五四年三月に弘前学院大学を卒業した後、同年四月に株式会社東北サンチエーンに入社し、死亡当時二三歳(昭和三一年七月一二日生)であつたこと、同女の給与は、昭和五四年六月分が金一〇万〇四〇〇円、同年七月分が金一一万一二〇〇円(賞与金一万一〇〇〇円を含む)、同年八月分が金一〇万〇四〇〇円であつたことが認められる。

ところで、亡和江の右給与額は、入社の時期からみて試用期間中であり、その額が一般社員より相当に低いことは当裁判所に明らかであるから、逸失利益の計算は、後記賃金センサスによることが相当である。

そうすると、亡和江は、本件事故に遭遇しなければ満六七歳に至るまでの四四年間稼働し、その間すくなくとも当裁判所に顕著な昭和五四年度賃金センサス第一巻第一表産業計、企業規模計、学歴計の二〇歳から二四歳の女子労働者の平均収入を得ることができたものと認められ、また、この間、同人はその収入の四〇パーセントを生活費に要したものと推認するのが相当であるから、右期間中の逸失利益の死亡当時の現価を新ホフマン方式によつて計算すると次のとおり金二二八五万一九三八円となる。

1,661,500×(1-0.4)×22.923=22,851,938

被告らはライプニツツ方式により中間利息を控除すべきである旨主張するが給料のベースアツプ等を考慮していない本件では新ホフマン方式によるのが相当である。

(二) 前掲甲第一号証によれば、原告三郎、同あい子が亡和江の父母であり、亡和江には他に相続人はないことが認められるから、原告三郎、同あい子は、亡和江の死亡により、同人の被告らに対する損害賠償請求権を各二分の一ずつ相続したものと認められ、その額は各々金一一四二万五九六九円となる。

2  葬儀費

原告あい子本人尋問の結果、弁論の全趣旨によれば、亡和江の葬儀費用としてすくなくとも金六〇万円を下らない金員を要したものと認められる。

よつて、葬儀費は金六〇万円(各自金三〇万円)を相当とする。

3  慰藉料

原告三郎、同あい子が亡和江の両親であることは前記のとおりであり、本件事案の内容、家族構成(原告らの一人娘)その他諸般の事情に照らすと、本件事故による右原告らの精神的苦痛に対する慰藉料としては各金五〇〇万円が相当である。

4  過失相殺

そうすると原告各自の損害額は計金一六七二万五九六九円となるところ、前示過失の割合を考慮すると、被告各自が負担すべき額は金一三三八万〇七七五円となる。

5  損害の填補

右金額から原告各自が填補を受けたことに争いがない金一〇〇一万四九八〇円を控除すると、残額は金三三六万五七九五円となる。

6  弁護士費用

本件訴訟を右原告らが同人らの訴訟代理人に委任した点は当事者間に争いがなく、本件訴訟の審理経過、その他の諸事情を斟酌すると、弁護士費用としては原告三郎、同あい子各金三〇万円が相当である。

(原告澤田分)

7  乙車大破による損害

乙車が原告澤田の所有であり、乙車が本件事故により大破したことは前示のとおりである。

原告澤田本人尋問の結果、これにより成立の認められる甲第八号証、成立に争いのない甲第九号証の一乃至四によれば、本件事故当時原告澤田は所有の乙車を新車購入のため下取りに出すべく準備をしていたもので、東京の第一ホンダ販売に査定してもらつたところ金八〇万円であつたこと、昭和五五年二月の段階における自動車価格情報によれば、乙車と同一の車種、型の中古市場価格は金七八万円であつたことが認められる。

そうすると、乙車大破による損害としては、少なくとも金七八万円を相当とする。

8  分担

右損害には、亡和江の第一事故により生じた損害も含まれるので、特段の事情のない本件では、前示過失の割合により損害分担を決めるのが相当であるから、被告ら各自が支払うべき損害額は金七八万円の八割にあたる金六二万四〇〇〇円となる。

9  弁護士費用

本件訴訟の審理経過、その他の諸事情を斟酌すると、弁護士費用は金六万円が相当である。

六  結論

以上の次第により、被告井河、同大下は原告三郎、同あい子に対し各自損害金三六六万五七九五円及びこれに対する弁護士費用を除いた金三三六万五七九五円に対する本件不法行為後である昭和五四年八月二六日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を、原告澤田に対し損害金六八万四〇〇〇円及びこれに対する弁護士費用を除いた金六二万四〇〇〇円に対する右同日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

よつて、原告らの各請求は右の限度で認容し、その余を棄却し、民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条、一九六条一、三項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤貞二 浦木厚利 戸舘正憲)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例